【抜毛症の医学的分類】
精神医学の世界において、抜毛症はどんな位置づけになるのでしょう?
米国精神医学会(American Psychological Association)から刊行されている『DSMー5』という精神科診断のグローバルスタンダードとなる診断基準があります。
それによると、
自身の毛髪を抜くことを繰り返し、それにより毛髪が喪失することにより特徴づけられる。
[臨床基準]
典型的には、診断基準は以下の通りである:
・毛を引き抜く行為が認められる
・毛を引き抜くのをやめようと繰り返し試みている
・本行動により著しい苦痛または障害を経験している
・苦痛には当惑感または恥辱感(例、自分の行動をコントロールできないことに対して、脱毛による美容上の結果に対して)を含めてもよい。
なんてきちんと明記してあります。
まず、きちんと治療対象となり得るのです。
【抜毛症の頻度】
抜毛症患者、つまりトリコファイターの割合は、1~2%程度と言われています。
しかし、トリコファイターたちの中には、トリコであることを必死に隠しながら辛い生活を送っている人もいたり、ちゃんと診断基準まであるような病状だなんて思っていなかったりするような人も数多くいるでしょう。もしからしたら、実際にはもっと多くのトリコファイターたちが、今も必死に闘っているかもしれません。
1~2%という数字。
これは100人に1~2人。結構な頻度ですね。
意外と身近にもトリコファイターがいてもおかしくないです。(自身がトリコファイターであると認識していない人も含めると)
【研究紹介】
川谷冴子,山田恒,吉田賀一,松永寿人.慢性化した抜毛症にtopiramateとマインドフルネスが奏功した一例.仁明会精神医学研究,14巻1号,pp80-83(2017)
今回は20歳女性、中学3年頃から発症した症例報告です。
こんな症例もあるんですね。中身を見てみましょう。
この文献によると、抜毛症患者の60%は抜毛行為が慢性化するとされ、抜毛行為は主に環境的ストレスにより、出現・増悪・持続するものと考えられています。症状の寛解は起こり得ますが、消長を繰り返す場合が少なくありません。
→まさしく!きっとトリコファイターたちの多くが感じているであろうことですね。
抜毛症は、強迫性障害(OCD)の強迫行為(例:不潔恐怖で手を洗い続ける、手を洗うことをやめられない)に類似しており、セロトニンやドーパミン系の機能異常が想定されているそうです。ただし、抜毛症は強迫性障害に特徴的な強迫観念(例:手を洗わなければならない)といった観念、「毛を抜かなければならない」という思考はおきませんよね?そういった意味では少し抜毛症と強迫性障害は異なります。
強迫性障害の治療の1つに薬物療法、つまり薬を飲むという方法がありますが、抜毛症では薬剤の効果が強迫性障害に比べると弱いなんていう報告もあり、研究者の間でも意見は一致していないようです。
また、抜毛症には2つないし3つのパターンがあるとも言われています。
[抜毛症のパターン]
パターンA:抜毛行為をほとんど意識せずに習慣的に行うタイプ(automatic)
パターンB:負の情緒的ストレスや強い思考や衝動への反応として起こり、抜毛していることをはっきりと意識しているタイプ(focused)
パターンC:A,Bどちらも混在するタイプ
→そうなんです。抜毛症にはパターンがあるんです。だから一概にこの治療法が良いって言いきれないんですね!
パターンBは比較的対処しやすいです。「意識がある」んですから。(とは言っても簡単に治るなんてものではありません。)パターンAは少しやっかいです。「無意識的な行動」なので、無意識を意識するって…難しいですよね?
この文献の中で紹介された事例は、パターンC、つまり意識も無意識も混在する抜毛行為に悩んでいたのです。なので、研究者たちは、意識のある抜毛と無意識の抜毛を分けて治療計画を立てました。
無意識トリコ・・・トピナ(トピラマート)というお薬(抗てんかん薬)の力を借りて抜毛衝動を抑えて、マインドフルネスを取り入れ、「無意識」を意識化できるようにした
意識トリコ・・・ハビットリハーサル訓練(セルフモニタリングによる意識下練習、拮抗反応の学習など)
最終的には抜毛の数が減ったと報告されています。